デス・オーバチュア
第178話「Adieu(アディユ)」




その城は、ハーティアの森の遙か上空を漂っていた。
コクマ・ラツィエルことルーヴェ帝国最後の皇帝ルヴィーラ・フォン・ルーヴェが住む浮遊城である。
民なき王の居城、何者も支配しない代わりに、何者にも支配されない、完全なる自由を生きる黒き翼の天使の住処だ。
現在、この城に住むのは城主であるコクマ(含むアトロポス)の他には、彼の愛玩動物(ペット)である黄金竜エアリスと、居候であるダイヤモンド・クリア・エンジェリックだけである。
そして、城主であるコクマは一室に閉じ籠もり、滅多に外へ出てこなかった。
つまり、最近、彼は『引き籠もり』気味なのである……。


ハーティアの森から帰還したダイヤとエアリスが廊下を歩いていた。
不意に、エアリスがある部屋の扉の前で立ち止まる。
「エアリス?」
「……ここに居る……餌ができたら呼んでくれ……」
そう言うと、エアリスは扉の前にちょこんと座り込んでしまった。
「そう……解ったわ」
ダイヤはすぐに納得し、一人で再び廊下を歩き出す。
エアリスがあの場に留まるのはよくあること……いつものことなので、何も聞く必要はなかった。
あの扉は、コクマが籠もっている部屋の扉。
彼の邪魔をしないように中には決して入らず、でも、少しでも彼の傍に居たいため、あの場に留まっているのだ。
「大した忠犬……いえ、忠竜ぶり……よく仕込まれていますわ……」
普段の発言や態度はともかく、実際はしっかりと主人に懐いているのである。
「本当可愛いペットだこと……」
ちょっとばかり獰猛で、大喰いで、地上最強の戦闘力を持っているが……それもまたある意味魅力だ。
「……その可愛いペットが気にしていた、森の奥に在るモノ……」
森から帰る時、エアリスが何を気にしていたのか、実はダイヤにもちゃんと解っている。
森の奥には、何かが在る、何かが居るのだ。
それも恐ろしく強く、何よりも邪悪なモノが……。
「まあ、そんなことよりも、今は料理料理と……ん〜、やっぱりメイドの一人でも居たら楽ですわね」
この城に来てからは全ての家事を自分でこなしていたものの、そろそろメイドでも欲しい(家事が面倒)と思えてきたダイヤだった。



「……まあいいわ」
大地に降り立ったマリアロードの赤い瞳が、感情の見えない(感じられない)、硝子のような透き通った輝きを放つ。
彼女の瞳は血のように赤い宝石そのものだった。
「とりあえず、マリアルィーゼだった時の借りをあなたに返させてもらうことにするわ」
マリアは平坦な光を放つ赤い瞳をノワールに向ける。
「やけに落ち着いてるじゃないか……見た目だけじゃなく、性格まで変わったのかい?」
ノワールは、見えない剣を両手に構えたようだった。
「基盤(ベース)はあくまでマリアルィーゼだけど……今の『私』はあなたの知っているマリアともホークロードとも違う……ある意味、あなたの知らないマリアの本質に近い存在、それが私……マリアロードよ」
「興味ないね、君が何者かなんて……僕はただ君を抹殺するだけだ」
「そう、じゃあお喋りは終わり……始めましょうかっ!」
文字通り一っ飛びで、マリアがノワールとの間合いを一瞬で詰める。
そして、右手を引き……。
「魔王爪(サタンクロー)!」
必殺の突きを放った。
「くっ……!」
何かが派手に砕け散る音と共に、ノワールが吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたノワールは、背中で叩きつけられた大木を次々にへし折りながらも、なんとか体勢を整え、両足でしっかりと大地に着地した。
「……確かに大した威力だ……僕の剣を二本ともこうも容易く粉砕するとはね」
ノワールは咄嗟に交差させた二本の見えない剣の背で、マリアの突きを受け止めようとしたのである。
だが、魔王爪は交差された二本の剣をあっさりと粉砕し、そのままノワールを派手に突き飛ばしたのだった。
「勘違いしないで、今のは死ぬほど手加減したのよ。だって、そのくらいのことなら、フェイタルクローでも充分できるもの……ねっ!」
ノワールの視界からマリアの姿が消失する。
「つっ!?」
何かを感じたのか、ノワールが反射的に左側頭部を隠すように両腕を交差させた。
「あはっ!」
直後、紫黒の具足がノワールの両腕をへし折り、そのまま彼の左側頭部を蹴り飛ばす。
「あははっ!」
さらに、ノワールの眼前に出現したマリアの右膝が、彼の鳩尾に叩き込まれた。
「フフフッ……」
マリアが後方に飛び離れると同時に、ノワールが蹲るように崩れ落ちる。 ノワールの側面に移動しての横蹴り、正面に移動しての膝蹴り、マリアがしたのはただそれだけの単純な攻撃だった。
「杖を必要とせずに七種の魔法を使いこなし、ホークロードを遙かに上回るパワーとスピード、そして飛行能力を持つ……それが私、超魔マリアロードよ!」
マリアが右手を眼前に構えると、五指が開き、紫黒の爪が暗く妖しい輝きを放つ。
「さあ遊びはここまで……これで終わりよ、魔王爪!」
マリアは十メートル以上離れているにもかかわらず、右手を突きだした。
「ぐっぅ!」
ノワールが大地を転がるようにして横に逃れる。
次の瞬間、ノワールが先程まで崩れ落ちていた場所……マリアの突きだした右手の進行上にある大木が全て粉々に打ち砕かれた。
「魔王爪!」
逃れたノワールを追撃するように、マリアは左手を突き出す。
鉤爪から放たれた衝撃波が、進行上にある全ての大木を薙ぎ倒しながら、ノワールへと迫った。
「……馬鹿の一つ覚えがっ!」
ノワールは空高く跳躍すると同時に、幻剣の豪雨をマリアへと降らせる。
「っ!」
マリアは幻剣の豪雨が到達するよりも速く、大空へと飛翔して逃れた。
「……君の『強さ』は大方解ったよ……」
宙に浮かぶノワールは、二の腕(肘と手首との間)をへし折られた両腕をブラブラとさせている。
「そう、絶対に勝てないってことが解ったの? 魔王爪の威力はフェイタルクローの比じゃない、この世のあらゆるものを跡形もなく打ち砕く無敵の爪なのよ!」
「ああ、そうだな……直撃されたら僕など確かに跡形も残らないだろうね……」
「よく解っているじゃない。だったら、無駄な抵抗はやめて、大人しく私の爪を受け入れなさい!」
マリアは右手を引き絞った。
さらに、そのまま空を駈け、一瞬でノワールとの間合いを詰める。
「魔王……」
「よし治った!」
「そっ!?」
マリアが魔王爪を放つよりも速く、ノワールが折れているはずの右手で彼女の左頬を殴り飛ばした。
「落ちろ!」
さらに、追撃として至近距離で幻剣の豪雨を放射する。
「ああああっ!?」
マリアは反射的にエナジーバリアを張ったが、バリアごと幻剣の豪雨によって地上に叩き落とされた。
「ふん……」
ノワールは眼下を見下ろし、地上に幻剣の豪雨を降らせ続ける。
「今度は止めるなよ、フローライト……」
幻剣の豪雨はその激しさを増し、森の地形を変えていった。



「馬鹿な……ありえない……」
エナジーバリアの膜ごしに、止むことのない幻剣の豪雨を浴びながら、マリア呟く。
今のところバリアは破壊される気配はないが、周囲の地表は消し飛び続け、バリアごと地下へ地下へと押しやられていくかのようだった。
それに、このままではいずれバリアが破壊される可能性も、エナジーが尽きてバリアが強制解除される可能性すらある。
「くっ……あああああああああああああっ!」
マリアが両の鉤爪を前面に突き出すと、両手の水晶球が黒い輝きを放った。
「魔王閃(サタンフラッシュ)!」
エナジーバリアが解除されると同時に、マジカルバスターを遙かに凌駕する超高出力の黒光が両の鉤爪から放たれる。
黒光は幻剣の豪雨を貫くようにして、そのまま空の彼方のノワールを呑み込んだ。
「つっ……」
幻剣の雨が止むと、マリアはゆっくりと空へと浮上していく。
「殺ったか……?」
「そう言って、殺れていることってまずないんだよね」
声は背後、息がかかる程近くでした。
「くっ!?」
マリアが振り返るよりも速く、不可視の刃が彼女の背中の甲冑をバツの字に斬り裂く。
「あああっ!?」
「前にも言ったはずだ……当たらなければどうということはない……とね!」
ノワールは両手を組むと、マリアの背中に思いっきり叩き込んだ。
マリアは再び地上へと叩きつけられる。
「ふっ!」
「くっ!」
ノワールが追撃の幻剣の豪雨を降らせるのと、マリアが再びエナジーバリアを張るのはまったくの同時だった。
「ど……どうしてっ!? ホークロードの数倍のパワーとスピードを持つこの私がっ! ホークロードに手も足も出なかったあなたを倒せないのよっ!?」
降り注ぐ豪雨の音にも負けない大声で、マリアが叫ぶ。
「確かに、君は能力値(ステータス)的にはホークロードより遙かに強いだろうね……でも、君は僕より弱い……」
「なっ!? 何を馬鹿な……」
「基盤(ベース)がマリア……子供(君)である限り、どれほどの戦闘力も破壊力も意味がない。僕が最強にして万能の神剣を持ちながら、あの死神に勝てなかったように……」
ノワールは嫌なことを思い出したといった感じの表情を浮かべた。
「な、何よ、それ!? 訳が解らないわっ! 理解不能よ!?」
幻剣の豪雨によって、エナジーバリアごとさらに地下へと押しやられながら、マリアが喚く。
「圧倒的なパワーと絶対的なスピード……それだけで勝てる程戦いは甘くない。最強の『力』を持つのと、誰にも負けない『最強』とは別物なんだよ……後者の意味では君は弱者だ……」
「弱者!? 魔王にも匹敵する魔力と戦闘力を得たこの私が弱者!?」
「ああ、君は弱い、少なくともホークロードよりも明らかに弱い。僕は格闘戦、近接戦闘といった肉弾戦が苦手でね……きっと戦闘経験が足りないと言うか、戦闘の勘とでも言うものがまだまだ未熟なんだと思うんだ……」
「くっ、それがどうした……と……」
幻剣の豪雨の激しさが増し続け、マリアから余裕がなくなっていった。
「ホークロードは野生の勘というか……飛翔も爪も恐ろしく的確で『鋭い』んだよ。生まれながらの狩人(ハンター)だけが持つ戦闘センスの良さ、精神面の強さ……そういった真の『強さ』がホークロードと違って君にはないんだ」
「う……嘘よ、そんなの……私がホークロード単体の時より弱い!? そんなはずが……」
「未熟者がどれだけ強力の武器(力)を持っても、それは無意味だ!」
広範囲に降り注いでいた幻剣の雨が、マリアだけに集束していく。
「Adieu.(アディユ)」
「あああ……あああああああああああああああああああああっ!?」
ノワールが、今はもう地上に存在しない古い国の言語で『永遠のさよなら』を意味する言葉を呟いた瞬間、集束された幻剣の豪雨がついにマリアのエナジーバリアを撃ち抜いた。




















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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